うつ病を患う人の多くが人付き合い(対人関係)が苦手です。

コミュニケーション能力が高くてもうつ病になる人はいるでしょうが、ほとんどはコミュニケーション力の低さがうつ病の原因の一つとなっている人が多いと思います。


少なくとも私は人付き合いが苦手なことがうつ病を患った大きな原因だと考えています。

もちろん、うつ病の原因は他にも「いじめられた経験」などもあると思います。

それでも私がもう少し人付き合いが上手だったら、周りの人たちに助けてもらえたかもしれませんし、もしくは救いを求めることができたかもしれません。

そうでなくとも、いじめっこ以外の他の子たちと仲良くできていれば、ここまで精神を病むこともなかったのかもしれないと思います。




人付き合いが苦手だと、

「人と一緒にいると緊張してしまう・・・」
「何を話せばいいかわからない・・・」

こういった悩みを抱えて、精神的に疲れてしまいます。


そして、そんな状態だから「人付き合いが面倒」と思い、「なるべく人と会わないようにしよう」という考えにいたり、人を避けるようになってしまいます。


「人付き合いが苦手」⇒「人を避ける」⇒「さらに人付き合いが苦手になる」
という負のスパイラルに陥ってしまうのですね。

当然、精神的疲労もどんどん増えていってしまいます。


そのせいでうつ病を患ってしまう人たちは、いったいどれぐらいいるのでしょうか。

うつ病を患っている人の中で、かなりの数、少なくとも半分以上はそういった人たちではないのかなと想像するのは難しくありません。




そもそも「人付き合い」というのは基本的に親から教わるものです。


義務教育となる小学校や中学校では、勉強については教わっても、会話の仕方やコミュニケーション能力については教えてくれません。

機能不全家族で育った子供たちは、そもそも人付き合いの基本すらわかっていません。

そういった人付き合いのイロハがわからない人たちが、いわゆる「コミュ障」となっていきます。


私も、親から人付き合いとはどういうものか、というのはほとんど何も教えてもらえませんでした。

今にして思えば、親もコミュニケーション能力が低いとは思います。

だから子供に何かを教える自信がなく、「自ら身に着けろ」というスタンスだったのだと思います。


そんな「人付き合いの基本中の基本すらわからない」という人たちは、当然ながら学校や社会に出ると人付き合いの難しさに直面します。

自分のコミュニケーション能力の低さに絶望し、対人関係を避けるようになっていき、次第に心が病んでうつ病になってしまうのです。


「対人関係がうつ病の唯一の原因」とは言いませんが、大きな要因の一つではあります。

したがって、うつ病を改善していくには「コミュニケーション能力」を身に着けていく必要があります。




うつ病になってしまった場合「コミュニケーション能力」を身に着けて改善する必要があるとはいいましたが、そもそもうつ病患者や自殺者数がこれだけ多い国なのですから、予防策として国が義務教育に「コミュニケーションの授業」を取り入れるべきじゃないのかと思ったりもします。


確かに、本来それは親の役目なのでしょう。

そういったことまで教育現場に求めるのは酷なことなのかもしれません。

しかし、学校が「社会に出て社会に貢献できる人を育成する場」であるのであれば、コミュニケーション能力の授業があってもいいのじゃないかと思うのです。


現実の社会は「勉強が出来る人」よりも「コミュニケーション能力が高い人」が出世していく世の中です。

これはゴマをするのが出世のコツといっているわけではなく、単純にコミュニケーション能力が高いと社内でも社外でも相手との良い関係が築きやすく、それが会社の業績に直結するから出世するということです。




政治も経済を中心に考えられています。

経済が大事なのは言うまでもありません。

経済がしっかりしていないと、そもそもの生活が成り立ちません。


でも現実は、親が給料が少ないために長時間労働に出かける⇒子供とのふれあいが少ない⇒子供のコミュニケーション能力が育たない⇒子供もコミュ力不足から良い会社にいけない、といったような家庭も少なくないと思います。


だからこそ、人付き合いの教育を重視するのもまた経済をよくすることであり、ひいてはうつ病患者や自殺者数を減らせるのではないかと思うのです。




何が言いたいかというと「もしこの国の義務教育にコミュニケーション能力の授業があったらどうなっていたのだろうかな」ということです。

精神を病むこともなく、経済もより良く、精神的にも経済的にも豊かになっていたのではないかなと考えてしまうのです。


ここまで書いておいてなんですが、誰でもこんなようなことは考えたことがあるのかなと思います。

ものすごく当たり前のことを言っているかもしれません。

でも、当たり前のことだからこそ、書いておきたいと思ったのでこのコラムを書かせていただきました。


取り留めのない戯言にお付き合いいただきありがとうございます。